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ザ・登城

東北地方

羽後(秋田県)

本家筋の佐竹氏と運命をともにするか否か、苦しい選択を迫られる

亀田城[かめだじょう] 別称=天鷺城・亀田陣屋  (平山城)  【所在地】 由利本荘市岩城下蛇田字高城

築城時期:  1623(元和9)年 築城者:  岩城吉隆(佐竹義隆)

かめだ じょう 「天鷺村」のシンボル「天鷺城」の模擬天守閣

 遺 構  《 模擬/天守閣・御殿・城門・塀  移築/武家屋敷  遺構/土塁・堀 》
 旧岩城町は山間の小さな町だが、観光に力を入れているのか、テーマパークとして多くのものが用意されている。
 天鷺郷の歴史と文化を集積した観光スポットとして、亀田2万石の歴史を語る史料館や藩政時代の建築物が見学できる天鷺村のほか、高さ22メートルの天鷺城、美術館や茶室のある亀田城佐藤八十八美術館、プラムを原料にした天鷺ワインの製造工程の見学や試飲ができる天鷺ワイン城、全長586メートルのスーパースライダーや忍者迷路など多数のアトラクションがある天鷺遊園まであります。
 これらの他に、日没となり訪問していませんが、総石垣造りの模擬亀田藩陣屋(天鷺村)の背後の高城山中となる、赤尾津氏の居城跡には模擬天守風の展望台も設けられていろそうです。

 この狭い範囲に、これらのものが建ち並び、あれやこれやといくつもの城があるので実にややこしかった。


 亀田城の背後に聳える高城山は中世豪族由利十二頭の赤尾津氏の居城であり赤尾津城とも天鷺城とも呼ばれた。
 1600(慶長5)年の“関が原の戦い”の後、由利郡は最上義光の領国となり、天鷺の地は楯岡満茂の領地となった。

 1622(元和8)年に最上氏が改易となると、一時、配流された本多正純の領地となるが、正純が拒否したため、翌元和9年、信濃川中島から移封した岩城吉隆の所領となる。亀田に入った吉隆は高城山の赤尾津城は利用せず、久保田藩の支援のもと、中腹に新たに陣屋を築き亀田藩庁とした。
 1626(寛永3)年、吉隆は秋田久保田藩の佐竹氏の養子(吉隆の父・貞隆は佐竹義宣の弟)として迎えられた(のちに久保田藩2代藩主に就任し、名を佐竹義隆と改める)ため、亀田藩には一族の岩城宣隆(貞隆の弟で吉隆の叔父・後室は真田雪村の娘(顕性院・お田の方))が入り、以後、幕末まで岩城氏が治世した。
 なお、幕末の1852(嘉永5)年、8代隆喜の時、それまでの無城主格(陣屋)から城主格となった。

模擬城門 模擬塀
天鷺城(模擬天守閣) 亀田城佐藤八十八美術館
残存土塁 城郭風電話BOX&公衆トイレ
 登城したのが日没近くになり、修正しましたが、露光不足の画像ばかりですみません。

新政府軍と奥羽越列藩同盟軍の間を右往左往した小藩の苦悩
――“そのとき脳裏をよぎったのは、過去の苦い歴史だった”――

 戊辰戦争において、亀田藩は最初、本家筋の秋田(久保田)藩に従い同盟軍に与したが、秋田藩が同盟から離脱して新政府軍に寝返ったため、当然、亀田藩も行動を一にした。
 しかし、激怒した同盟軍の攻撃目標である秋田藩への、進撃路の途中に位置している亀田藩は、庄内藩軍の猛攻を受け、落城は避けられない情勢となり、岩城氏主従は苦しい選択を迫られることになる。

 このまま城を放棄したうえで後退し、あくまで佐竹氏と運命をともにするという選択肢もあった。
 しかし、そのとき、岩城氏主従の脳裏に浮かんだのは、三百年前の“関が原合戦”の出来事ではなかったか。あのときは佐竹氏と行動をともにしたがゆえに、貧乏くじを引いてしまった。
 1600(慶長5)年の“関が原合戦”のおり、岩城貞隆は徳川方に参陣しようとしたが、兄である佐竹義宣に引き留められた。貞隆は、兄の命に従ったがために徳川家康に石田方と疑われ、戦後処理で、磐城17万石からわずか1万石の信濃川中島に減封させられてしまった。のちに羽後亀田に移されたときには、2万石を与えられた。
 そして、佐竹氏もまた、“関が原合戦”後、常陸国54万石余りから羽後久保田(秋田)20万石余りに移されたので、佐竹氏と岩城氏は江戸時代を通じて本家と分家、本藩と支藩の関係をもつことになる。

 結局、亀田藩は、庄内藩に降伏して以後、同盟軍の一員として秋田藩攻めの先鋒となるのだが、過去の苦い歴史が亀田藩を動かしたのではなかろうか?
 亀田藩を先鋒とする同盟軍は進撃を重ね、秋田藩の本拠久保田城をも陥落させる勢いであったが、9月に入ると、一転、撤退を余儀なくされた。仙台藩や米沢藩が新政府軍に降伏、同盟は事実上瓦解したのである。
 わずか2万石の亀田藩が大勢に逆らえるはずもなく、降伏の使者を送らざるをえなかったのである。

 このように亀田藩は、同盟軍→新政府軍→同盟軍、そして新政府軍に降伏というように、二大勢力(秋田藩と庄内藩)に挟まれて、その間を右往左往した。
 これは、亀田藩が裏切りを重ねたわけではなく、ひとえに弱小藩が背負わされた宿命ではなかったか。

登城アクセス
 車  : 秋田道〜日本海東北道岩城IC〜合流/県道44号線〜すぐ左折〜県道44号線〜左折〜国道7号線〜左折/松ヶ崎〜右折/亀田郵便局〜県道69号線〜
駐車場 : 各施設周辺の駐車スペースを利用


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