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ザ・登城

東北地方

羽後(秋田県)

時代劇ムードのスロープカーで登城する小野寺氏本拠の城

稲庭城[いなにわじょう] 別称=鶴ヶ城  (山 城)  【所在地】 湯沢市稲庭町字古舘前平50

築城時期:  鎌倉時代初期 築城者:  小野寺重道〜経道

スロープカーの運行と今昔館の開館時期は4月下旬〜11上旬のみの期間です。

いなにわ じょう 二の丸跡に建つ模擬 天守閣 (今昔館)

 遺 構  《 模擬/天守閣  遺構/曲輪・堀切 》
 日本三大うどんの一つとも言われる「稲庭うどん」で有名な湯沢市稲庭町(旧雄勝郡稲川町)に存在する稲庭城は、標高約704mの大森山系に位置し、国道398号沿いの標高300m(比高約130m)の小山の上に三層の天守が聳えています。
 この模擬天守閣は今昔館といい、内部は地域の歴史・産業に関する展示や、展望台となっています。
この二の丸跡に建つ今昔舘内部にある、この地方の漆器と仏壇の技術を生かし、天井まで金箔を張った茶室の「黄金の間」は特筆もので、茶道具まで金づくしなのには驚かされます。

 近江彦根城を模したと思われる華頭窓のつく模擬天守閣までは、歩いて登る登城路(古道とスロープカーに沿う道の2通り)もあるが、めずらしいスロープカーで登る人が多いようです。
 二の丸と本丸の間には、現在、車道が通っているが、堀切はコンクリートで固められている。二の丸の南東には見張台跡があり、北側や山の中腹には腰郭も見える。

 遺構としては目につくものが乏しいが、資料館を建てる以前の発掘調査では、礎石等の他に石垣も出てきたそうですが、現在、この遺構は見られない。

 はっきりした今昔館の冬季閉館期間は訪問前に問い合わせしてください。なお、毎週火曜日は休館です。

湯沢市商工観光課 観光振興班 TEL 0183-79-5055


 仙北地方を支配した小野寺氏は、下野国都賀郡小野寺郷(栃木県下都賀郡岩舟町小野寺)の出身。小野寺氏は源頼朝の奥州征伐に従軍した功により、羽後国雄勝郡の地頭職に任命された。

 一説には、1193(建久4)年、小野寺重道が稲庭城を築いて居城としたとされ、小野寺氏は稲庭城を本拠として、羽後(秋田県)南部に一大勢力を広げる。
室町時代末期に沼館城へ移り、さらに横手城へと居城を変え、小野寺氏が最も繁栄した時代は、小野寺泰道、輝道、景道の三代の時代であった。

 小野寺宗家が横手に移ってからは、稲庭城には城代が置かれ、のちに泰道の二男の晴道が稲庭城に入り、稲庭氏を名乗って代々の居城とした。 
 しかし、天正年間(1573〜1592)後半頃から山形の最上氏に侵攻されて小野寺氏は弱体化した。
 1598(文禄6)年、稲庭城も稲庭(小野寺)道勝が城主のときに落城し、廃城となった。

本来の登城路である古道入口 その古道入口にある城址碑
スロープカー券売所
R398沿いの巨大な「稲庭うどん」の看板は目につきます
駕籠型のスロープカー乗り場
出発する際、「御立ちーッ!」のアナウンスが流れます(笑)
模擬天守閣 (今昔館) (北面)
2階にある純金箔張りの「黄金の間」は必見です
三層4階建、平成元年に建造
二の丸跡の見張台跡と夫婦マツ
落城して退去する時に、小野寺道勝が
奥方の身代わりに植えたと伝わる松
天守4階から見た隣の峰の本丸跡 天守4階から南西方向を望む

登城アクセス
 車  : 湯沢横手道路湯沢IC〜左折/国道398号線〜右折/川連小学校角〜
  国道398号線〜左側にスロープカー乗降場あり

駐車場 : スロープカー乗り場の専用無料駐車場を利用


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