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近畿地方

大和(奈良県)

片桐且元の弟を藩祖とする、石州流茶道で有名な片桐氏の居館

大和 小泉城 別称=錦水城 (平 城) 【所在地】 奈良県大和郡山市小泉町

築城時期:  不明 築城者:  小泉氏

こいずみ じょう 薙刀池と模擬櫓

 遺 構  《 模擬/櫓  遺構/堀  移築/城門 》
 JR関西本線大和小泉駅にほど近い小泉城跡(陣屋跡)は、現在もなお旧藩主片桐家の居宅で、財団法人「高林庵」として石州流茶道宗家の本部となっている。
 近くにある慈光院は、石州流茶道の祖・片桐貞昌が初代小泉藩主である父の貞隆の菩提を弔うために建立した臨済宗大徳派の寺院である。

 陣屋跡の南側には薙刀池と呼ばれる堀があり、この堀越しに二層の模擬櫓を見ることが出来る。また、南方約300mに小泉神社があるが、この神社の表門は小泉城の城門を移築したものです。


 小泉城の築城年代は定かではないが、南北朝時代(1332〜91)には小泉庄の有力な地侍であった小泉氏が居館を構えていたという。

 1561(永禄4)年、信貴山城と、多聞山城の大和二元支配体制を固める松永久秀に攻められ小泉城は落城、城主小泉重順は自害する。

 豊臣秀長が、大和郡山城へ入部する前年の1584(天正12)年、秀長の家老羽田長門守が小泉城に入り、現在残る薙刀池をはじめ、一連の外堀を築造して拡張する。

 1614(慶長19)年の“大坂冬の陣”に際し、片桐且元・貞隆兄弟は大坂城を退去し且元の居城茨木城に入ったのち、大和法隆寺に閉居する。
 翌元和元年の“大坂夏の陣”の後、且元の弟・片桐貞隆は16,000石で小泉に入封し、1623(元和9)年、貞隆は小泉城址に陣屋を構えた。

 貞隆の子・片桐貞昌(2代藩主)は茶人として有名で、茶道石州流の開祖となった。貞昌は「片桐石州」と名乗り、徳川4代将軍家綱の茶道指南を努めた。片桐家は、初代貞隆から12代貞篤まで、代々小泉の地を領して明治に至っている。

 尚、兄・片桐且元は元和元年の“大坂夏の陣”の後、茨木(大阪府茨木市)と大和龍田(奈良県斑鳩町)双方で4万石を領して茨木城を居城としたが同年没する。後嗣の孝利は大和龍田へ移るが、且元の片桐本家は、無嗣が2回ほど続いて、1694(元禄7)年に断絶。その後、名跡は認められたものの、3千石の旗本となってしまう。

慈光院山門(一の門)
左は、茶道石州流発祥の寺の石碑 
蓮池と慈光院書院
 陣屋東側の住宅地の一角に城址碑があるというので、しばらく周辺を歩き廻ったが、結局、判らず終い・・・残念であった。

小泉城の城門(移築)
小泉神社の表門として使用されている

摂津・茨木城の茅葺楼門(移築)
小泉藩初代片桐貞隆の兄片桐且元が城主だった茨木城
の城門ですが、現在、慈光院の山門として使われている

登城アクセス
 車  : 西名阪道郡山IC〜国道24号線〜左折/横田町〜国道25号線〜右折/
  小泉町〜県道〜左折/富雄橋〜

駐車場 : なし


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