| 北陸地方 |
| 加賀(石川県南部) |
謙信、「手取川の戦い」の急襲直前に七尾城より入城!
加賀
| 築城時期: 鎌倉時代初期 | 築城者: 松任範光か? |
縄張図付きの説明板
本丸跡の「おかりや公園」に設けられています |
| 遺 構 《 遺構/なし 》 | |
|
JR松任駅前は「駅南土地区画整理事業」と称して、整備再開発工事がすすめられていましたが、この駅前にある「おかりや公園」が、松任城の本丸跡になります。
松任城跡には、廃城後、加賀藩の中出蔵が設けられて利用されていたという。
天正8年、柴田勝家が松任城を落城させ、家臣の徳山則秀が在城した。天正11年、前田利長が松任4万石を与えられ越前府中城(越前市府中一丁目)より移った。
その後、秀吉の直轄領となり丹羽長重が城主となり、1585(慶長3)年、長重は加賀小松城に移る。
“関ヶ原の役”での戦功により松任城は金沢城主・前田利長に加増され、利長家臣の赤座吉家が城代となった。
|
|
城址石碑
|
「おかりや公園」内の様子
|
「上杉に逢うては織田も名取川はねる謙信にぐるとぶ長(信長)」
上杉謙信対織田軍 “手取川の戦い” 遠望の地に建つ石碑
(所在地:白山市水島/呉竹文庫駐車場脇)に刻まれた落書
縄張配置図
(現地案内板より) |
「松任まつり」の大松明
大たいまつと手筒花火の荒れ狂う火の粉を背に勇壮に 打ちならす虫送り太鼓の連打競演「火まつり」に 使われる大松明 建物は公園南側の松任市民文化会館 |
「松任駅南土地区画整理事業」の看板
新市「白山市」の玄関口としての役割を担い、 「おかりや公園」を含む一帯7.5haの再開発事業を、 登城時にはすすめていました |
| 登城アクセス | |
|
車 : 北陸道金沢西IC〜合流/国道8号線〜右折/三日市〜市道〜直進〜 左折/松任駅前交差点〜すぐに右折〜 駐車場 : 松任市民文化会館の駐車場を利用 |
|