| 北陸地方 |
| 越中(富山県) |
“魚津城攻略戦”の際、援軍後詰めの上杉景勝軍が布陣
越中
| 築城時期: 戦国期 | 築城者: 上杉氏 |
城址のある 天神山遠望
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| 遺 構 《 遺構/曲輪・土塁・空堀・竪堀 》 | |
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天神山城は、標高163メートルの天神山(別名、松尾山)の山頂に築かれた山城です。
山頂部に大きな削平地2ヶ所が設けられ、片貝川に面して土塁が築かれ、帯郭状の削平地、縦堀、空堀が見られる。
天神山は元来、松尾山と呼ばれていたが、室町将軍足利義材が都の乱を逃れて小山寺に身を寄せた折、その守護神の管公(天神様)を松尾山に祀ったことから天神山と名を改めたと伝えられれている。
麓には、魚津市歴史民俗資料館(入場料無料)が建ち、また、中腹の城址登城口には、魚津城城代の青山佐渡守・豊後守父子の墓が魚津市街地から移設されてあります。
1582(天正10)年、織田方との“魚津城攻略戦”において、越後の上杉景勝が援軍後詰めとして、布陣した城として著名である。
のちに、この地は加賀藩が支配したが、天神山城は、ほどなく廃城になったと考えられている。
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魚津城城代の青山佐渡守・豊後守父子の墓
青山佐渡守は、天正末年に婦負郡城生城から魚津に入り、城下町としての基盤を固めた。佐渡守の養子豊後守は、2代目魚津城代として魚津の隆盛に力をそそいだ。 二人の墓は、元は住吉地内に所在し、それぞれ二十数メ ートル四方の方形を呈し、幅1mあまりの堀で囲まれた大 きなものであったが、今は天神山中腹に移設されている。 |
城址への登城路 |
主郭
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主郭西側の土塁状の土盛り
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土塁遺構らしき上には天神様が祀られています
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主郭より北方向を望む
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主郭南側下の二の郭への南東側虎口
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主郭南側下の二の郭
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| 登城アクセス | |
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車 : 北陸道魚津IC〜
右折/県道52号線〜右折/本江東〜国道8号線〜 右折/吉島西〜左折/吉島〜天神橋経由〜右折/東尾崎〜魚津国際CC 手前を右折〜魚津歴史民俗資料館 駐車場 : 魚津歴史民俗資料館の駐車場を利用 |
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