| 中国地方 |
| 周防(山口県南部) |
日本三奇橋の錦帯橋は大手門、一国一城令で僅か7年で廃城
岩国城 (山 城) 【所在地】 山口県岩国市横山
| 築城時期: 1601年(慶長6) | 築城者: 吉川広家 |
天守閣 (北面・外観復興) |
| 遺 構 《 現存/錦雲閣・長屋門 復興/天守閣 遺構/天守台・石垣・堀・井戸 》 | |
錦川に架かる奇橋「錦帯橋」越しに見る 天守閣 |
天守閣
三層4階の上に望楼を置く南蛮様式 (南面) 昭和37年に外観復興 |
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関が原の役後、長門・周防2国に大減封された毛利輝元の毛利家存続のため奔走した吉川広家が長門萩城主・輝元に分知され、1601年(慶長6
年)より7年かけて築き、伯耆米子より入封し、毛利氏の領国となる。
横山山頂に山城の「横山城(要害)」を、山麓に居館「土居」を配し、城内と城下町を結ぶ大手門筋に当たる錦川に掛かる橋が、日本三名橋・三奇橋の「錦帯橋」です。 天守閣は桃山南蛮風の変わった様相で、現在の復興天守は、錦帯橋からの景観を配慮して本の丸南側に立つ。本の丸北側には本来の天守台が残っている。 元和元年(1615)の一国一城令により山頂の横山城は、僅か7年で破却されたが、山麓の土居は吉川氏13代の居館として明治まで存続。 吉川氏は、江戸藩邸が有り3万石(後に6万石)を領したにも関わらず、幕府より大名扱いされなかった(明治維新の際にようやく大名格となる)
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横山山頂部分 (要害)
本丸を中心に、二の丸・北の丸・出丸・水の手を配置した縄張りとなっています
ロープウェーは、麓の吉香公園から標高約200mの横山山頂まで約3分です
料金(往復):大人540円・小学生250円、セット券(錦帯橋・ロープウェー・天守閣)は大人840円・小学生400円 |
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ロープウェーからの錦川・錦帯橋の眺め
左が錦帯橋、右は臥竜橋 ガラス越しなのでガスっていますが、 瀬戸内海(安芸灘)まで眺望できます |
模擬冠木門のある模擬大手口石段
ロープウェー駅を降り、表と裏の2つの道がありますが、 表の大手道(南側)を少し歩くとと大手口に出ます |
二の丸跡
公園広場になっています |
本来の天守台 (南面)
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本来の天守台 (北面)
手前通路を降りると、裏(北側)の搦手道に通じます |
本丸〜北の丸の間の空堀
江戸時代初期の築城としては珍しい山城の箱堀です |
本丸東端部の東矢倉跡
石橋下が空堀、手前は北の丸 |
北の丸跡
児童遊具施設の置かれた広場になっています |
出丸石垣
石段は南側の大手口からの通路 |
大釣井(井戸)
裏(北側)の搦手口から登ると最初に現れます |
横山山頂部分 案内図
(現地案内板より) |
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山麓部分 (土居)
横山を背に3方を堀で囲み、大手門の他に櫓を3基設けてあった
現在、山麓の吉川家居館跡一帯は吉香公園として整備され、「香川家長屋門」「吉川資料館」「吉香神社」
「武家屋敷(目加田家)」「吉川家墓所」「岩国歴史美術館」などが建ち並んでいます |
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錦雲閣
左右の画像いづれも山頂に天守閣が仰ぎ見れます 現在の吉香神社境内の南隅に位置 |
香川家長屋門(現存)
藩家老香川氏の表門で、1693年の建立 外部からのみ見学出来る(無料) |
背後の石段から見た 吉川家墓所
こちらは「寺谷のお塔」と呼ばれる部分で、 累代藩主や妻、子息達の墓が立ち並んでいます |
岩国初代藩主 吉川広家墓所(吉川家17代)
毛利元就の次男で吉川家へ養子入りした吉川元春の三男 斜面を少し登った「山のお塔」にあります |
吉川家墓所内の五輪塔 左が3代広嘉、中は2代広正正室、右が2代広正の墓 |
錦川右岸の錦帯橋袂にある“槍倒しの松”
昔諸国の大名が他藩の城下を通る際は、行列の槍を倒すのが儀礼であったが、大藩が岩国藩などの小藩(3〜6万石)を通過するときなど、威風堂々と槍を倒さず通過するため、負けず嫌いな岩国の武士達は憤慨し、横枝の張った松の木をわざと橋の頭に植え、大藩といえども槍を倒さなければ通ることができないようにし、それを見て溜飲を下げたという |
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日本三名橋のひとつ 「錦帯橋」(きんたいきょう)
岩国といえば「錦帯橋」、日本を代表する木造橋(歩行者専用)、ここはメジャーな観光地のため、人気の無い早朝再訪しました。
橋は約半世紀ぶりに、平成13年度から3年がかりで「平成の架け替え」が行なわれ、去る3月20日に渡り初めが行なわれたばかり。 黄金色、ヒノキの香り一杯の“大手道”にあたる木造アーチから登城し、切符売場が開いていないため、料金は帰途に支払いました。 錦帯橋の魅力は橋を取り巻く山紫水明の景観によって更に増幅します。満開の桜吹雪のなか、城下町風情の色濃く残る土居を散策。いたる処から、天守が山上に望見でき、また、ロープウェー・城址からは清流錦川のダイナミックな流れ・瀬戸の海まで眺望でき・・・早起きした甲斐もあり、お釣がくるほどでした。
錦帯橋は、1673年(延宝元)第3代岩国藩主・吉川広嘉によって創建されました。
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5連の反り橋構造、経間35m、橋台の高さ6.64m 橋長 橋面に沿って210m、直線で193.3m、幅5m 水流に対して流線型をした橋台は、水の圧力を軽減する 効果があります |
反り橋の構造は、頑丈な組木技法により、橋上からの 圧力で更に強度が増す仕組みとなっている 裏面を見ると、精緻な組木を巻金とカスガイで補強した ダイナミックな構造美が見られます |